
被相続人の遺産である預貯金は、相続開始と同時に凍結され、原則として自由に引き出せなくなります。
しかし、葬儀費用など緊急の支払いが必要になるケースや、他の相続人による不正な引き出しが疑われるケースも少なくありません。
この記事では、凍結された銀行口座から正しく預金の払戻しを受ける手続きや、相続預金の引き出しに関するトラブルの対処法を解説します。
なぜ故人の銀行口座は凍結されるのか?死亡連絡後の流れを解説
金融機関は、口座名義人が亡くなった事実を知った時点で、その口座を凍結します。
これは、相続財産を保全し、一部の相続人による無断の引き出しを防ぐための措置です。
金融機関が死亡を知るきっかけは、主に遺族からの連絡ですが、新聞のお悔やみ欄や取引先からの情報で知ることもあります。
口座が凍結されると、預金の入出金や公共料金の引き落としなど、一切の取引ができなくなります。
死亡後の銀行口座解約手続きについては「死亡後の銀行口座解約手続き」で詳しく紹介しています。
相続トラブルに発展しやすい預金の引き出し3つのケース
故人の預金の引き出しは、相続トラブルの大きな原因となり得ます。
特に、故人が亡くなる生前から死亡後にかけて、特定の相続人がキャッシュカードなどを管理し、無断で出金していたケースで問題が顕在化しやすくなります。
遺産は相続人全員の共有財産であるため、一人の判断で自由に処分することは認められず、他の相続人との間で不公平感や不信感を生むことにつながります。
ケース1:遺産分割協議前に特定の相続人が預金を引き出す
遺産分割協議が完了する前であっても、一定の要件を満たせば、相続人が単独で被相続人の預貯金を引き出せる場合があります。これは2019年7月1日に施行された改正相続法で新設された「預貯金の仮払い制度」によるものです。しかし、この制度を利用せず、他の相続人全員の同意を得ずに一部の相続人が預金を引き出す行為は、他の相続人の権利を侵害する可能性があり、後に返還を求められるなどのトラブルに発展するおそれがあります。
ケース2:引き出した預金の使い道を他の相続人に説明しない
故人と同居していた相続人などが、生前から被相続人のキャッシュカードで生活費を引き出していた場合、その流れで相続開始後も出金を続けることがあります。
たとえ悪意がなく、必要な経費の支払いに充てていたとしても、引き出したお金の使い道を他の相続人に明確に説明しないと、使い込みを疑われる原因になります。
使途不明金があると、遺産分割協議が紛糾し、信頼関係が損なわれてしまいます。
ケース3:葬儀費用として支払ったが領収書がない
葬儀費用や入院費の精算など、社会通念上妥当とされる範囲の支払いを被相続人の預金から行うことは、過去の判例でも認められる傾向にあります。
しかし、その際に領収書や明細書といった客観的な証拠がなければ、支払った金額の妥当性や事実関係をめぐって他の相続人と争いになるおそれがあります。
高額な葬儀費用など、他の相続人が納得しづらい支払いについては特に注意が必要です。
他の相続人による預金の使い込みが発覚した際の対処ステップ
他の相続人による預金の使い込みが疑われる場合、感情的に相手を問い詰めるのではなく、冷静に事実確認から始めることが重要です。
客観的な証拠を集め、段階的に話し合いを進めていくことで、円満な解決を目指します。
ここでは、使い込みが発覚した際の具体的な対処法を3つのステップで解説します。
ステップ1:金融機関から取引履歴を取り寄せて事実確認を行う
まずは、被相続人が口座を持っていた銀行などの金融機関に連絡し、取引履歴を取り寄せます。
相続人であれば、戸籍謄本などで相続関係を証明することで、過去の取引履歴を開示請求できます。
これにより、いつ、いくら、どのような方法で出金されたのかという客観的な事実を把握し、不自然な出金がないかを確認することが最初のステップとなります。
ステップ2:遺産分割協議で返還について話し合う
取引履歴で不自然な出金が確認できた場合、その事実を基に遺産分割協議の場で当事者と話し合います。
使い込みが認められた場合、その金額を遺産に返還させるか、またはその相続人の法定相続分から差し引くといった方法で解決を図ります。
話し合いで合意した内容は、必ず遺産分割協議書に明記し、後のトラブルを防ぐために書面で残しておくことが不可欠です。
ステップ3:協議がまとまらない場合は不当利得返還請求訴訟を検討する
遺産分割協議で話し合いがまとまらない、あるいは相手が使い込みの事実を認めない場合は、法的な手続きを検討します。
具体的には、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てるか、地方裁判所に不当利得返還請求訴訟を提起する方法があります。
訴訟に発展すると、証拠に基づいて法的な主張を行う必要があるため、弁護士などの専門家に相談しながら進めるのが一般的です。
凍結された相続預金を正式に引き出すための手続きと必要書類
口座が凍結された後、相続人が預金の払戻しを受けるためには、金融機関で所定の手続きを踏む必要があります。
手続きの方法は、遺言書の有無や遺産分割協議が完了しているかなど、状況によって異なります。
いずれの場合も、被相続人や相続人全員の戸籍謄本、印鑑証明書など、多くの書類が必要となるため、事前に金融機関へ確認することが重要です。
銀行の相続手続きについては「銀行相続手続きの必要書類と全体の流れ」で詳しく紹介しています。
遺言書がある場合に必要な書類と手続きの流れ
被相続人が遺言書を残している場合、原則としてその内容に従って手続きを進めます。
遺言執行者が指定されていれば、その遺言執行者が単独で払戻し手続きを行えます。
主な必要書類は、遺言書(公正証書遺言以外は家庭裁判所の検認済証明書が必要)、被相続人の死亡が確認できる戸籍謄本、遺言執行者の印鑑証明書などです。
金融機関所定の払戻依頼書と合わせて提出します。
遺産分割協議書がある場合に必要な書類と手続きの流れ
遺言書がなく、相続人全員で遺産分割について話し合った場合は、その合意内容を記載した遺産分割協議書を作成します。
この遺産分割協議書を金融機関に提出することで、預金を受け取る相続人が単独で払戻し手続きを行えます。
必要書類は、遺産分割協議書、相続人全員の印鑑証明書、被相続人の出生から死亡までと相続人全員の戸籍謄本などです。
法定相続人全員の同意で手続きする場合の必要書類
遺産分割協議書を作成せずに、金融機関所定の払戻依頼書に法定相続人全員が署名・押印することで手続きを進める方法もあります。
この場合も、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、相続人全員の現在の戸籍謄本、そして全員の印鑑証明書が必要となります。
ただし、相続人が多い場合や遠方に住んでいる場合は、全員から署名・押印をもらうのに手間と時間がかかることがあります。
遺産分割前でも預金を引き出せる「預貯金の仮払い制度」とは
2019年7月の民法改正により、遺産分割協議が完了する前であっても、相続人が単独で一定額までの預金を引き出せる「預貯金の仮払い制度」が創設されました。
これにより、当面の葬儀費用や医療費の支払い、配偶者の生活費など、緊急性の高い資金需要に対応できるようになりました。
この制度は、家庭裁判所の手続きを経ずに金融機関の窓口で直接申請できるのが特徴です。
仮払い制度で引き出せる金額の上限と計算方法
この制度で引き出せる金額には上限が定められています。
計算方法は「相続開始時の預貯金額×3分の1×その相続人の法定相続分」となり、さらに一つの金融機関から払戻しを受けられるのは最大150万円までと決められています。
例えば、預金額が900万円で、相続人が子2人(法定相続分1/2ずつ)の場合、1人が引き出せる額は900万×1/3×1/2=150万円となります。
金融機関の窓口で仮払いを受ける際の手続きと必要書類
仮払い制度を利用するには、対象の金融機関の窓口で手続きを行います。
申請する相続人が単独で払戻しを請求できますが、その際には相続関係を証明する書類が必要です。
具体的には、被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本、相続人全員の戸籍謄本、そして申請者の本人確認書類と印鑑証明書などが求められます。
必要書類は金融機関によって異なる場合があるため、事前に確認しておくとスムーズです。
相続預金を引き出す前に知っておきたい注意点
相続預金の引き出しは、単にお金をおろすという行為にとどまらず、法的に重要な意味を持つ場合があります。
特に、故人の借金が多く相続放棄を検討しているケースでは、安易な引き出しがその後の選択肢を狭めることになりかねません。
トラブルを避けるためにも、預金を引き出す前に知っておくべき注意点を確認しておくことが大切です。
相続でやってはいけないことについては「相続で最初にやってはいけないこと」で詳しく紹介しています。
預金の引き出しによって相続放棄が認められなくなるリスク
相続財産である預金を引き出して、葬儀費用など故人のための支出ではなく、自身の生活費などに使った場合、法律上「単純承認」したと見なされる可能性があります。
単純承認とは、プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続する意思表示のことです。
一度単純承認が成立すると、後から多額の借金が発覚しても相続放棄ができなくなるため、預金の引き出しは慎重に行う必要があります。
相続放棄が認められない事例については「相続放棄が認められない事例」で詳しく紹介しています。
引き出したお金の使途を証明できる領収書を必ず保管する
葬儀費用や未払いの入院費など、正当な目的で被相続人の預金を引き出した場合でも、その使い道を証明する領収書や明細書は必ず保管してください。
客観的な証拠がないと、他の相続人から「何に使ったのかわからない」「個人的に使い込んだのではないか」と疑われ、トラブルの原因になる可能性があります。
使途を明確に説明できるようにしておくことが、無用な争いを避けるために重要ですのです。
相続預金の引き出し問題は専門家への無料相談がおすすめ
相続預金の引き出しに関する手続きやトラブルは、法律的な知識が必要となる場面が多く、当事者だけで解決しようとすると関係が悪化することもあります。
金融機関での手続きが複雑でわからない場合や、他の相続人による使い込みが疑われる場合は、弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
相談窓口によっては、何度でも何時間でも無料で相談に応じてくれるところもあり、問題解決への糸口が見つかるかもしれません。
相続の無料相談については「何度でも何時間でも無料相談」で詳しく紹介しています。
よくある質問
ここでは、相続における預金の引き出しに関して、多くの方が疑問に思う点について解説します。
勝手に引き出された預金は、全額取り戻せるのでしょうか?
無断で引き出された遺産である預金は、不当利得返還請求などで取り戻せる可能性があります。
ただし、相手に返済能力がない場合や、時効が成立している場合は回収が困難になることもあります。
まずは証拠を確保し、専門家へ相談することが重要です。
故人のキャッシュカードと暗証番号がわかればATMで出金しても大丈夫ですか?
他の相続人の同意なくATMで出金することは避けるべきです。
たとえ葬儀費用などの正当な目的であっても、無断での引き出しは後のトラブルの原因になります。
また、相続放棄を検討している場合は、出金行為によって放棄が認められなくなるリスクがあるので注意が必要です。
葬儀費用を故人の預金から支払った場合、何を残しておけば良いですか?
葬儀社や火葬場、お布施などの領収書や請求書、明細書を必ず保管してください。
誰が、いつ、何のために、いくら支払ったのかを客観的に証明できる資料を残すことが重要です。
これにより、他の相続人から使い込みを疑われるリスクを減らすことができます。
まとめ
相続預金の引き出しは、金融機関での手続きといった実務的な側面と、相続人間の感情的な対立という二つの側面を持つ複雑な問題です。
特に、被相続人の生前から一部の相続人が預金を管理していた場合、その使途をめぐって深刻なトラブルに発展しやすくなります。
口座が凍結されてからの手続きはもちろん、不正な引き出しが疑われる場合は、速やかに取引履歴などの証拠を確保し、冷静に対処することが求められます。



